ガスバリア入門講座 基礎編の最終回は酸素透過係数の湿度依存性について述べます。
図8-1は各種高分子の酸素透過係数の湿度依存性を示したものです。
ポリカーボネート(PC)やポリプロピレン(PP),ポリ塩化ピニリデン(PVDC)は湿度依存性を示しません。PCやPPといった疎水性高分子は水の影響をほとんど受けないので、酸素透過係数も湿度によって変化しないことは容易に理解できます。
それに対してポリエチレンテレフタレート(PET)やSELAR PAといわれる非晶ナイロンは湿度が高くなるに従って酸素透過係数が小さくなります。また、ナイロン(ONYやCNY),エチレン−ビニルアルコール共重合体(EVOH-29)は湿度が20〜40%付近で酸素透過係数が極小値を示した後、増加に転じるという特異的な挙動を示します。これらの高分子に共通しているのは、エステルやアミド基,水酸基といった親水性の官能基が分子中にあることです。
ナイロンやEVOHのように高湿度側で酸素透過係数が増加するのは、水分の吸着によりナイロンやEVOHの分子鎖の運動性が増し、酸素が通りやすくなるためです。もう少し具体的に述べますと、水分子はナイロンやEVOHの可塑剤*として働き、ガラス転移**温度が室温以下に下がります。その結果、吸湿したナイロンやEVOHは室温でもガラス転移温度以上の状態になりますので、分子鎖の運動性が増して、酸素分子も通り易くなります。
図8-1 各種高分子材料の酸素透過係数の湿度依存性
PC | :ポリカーボネート |
PP | :ポリプロピレン |
PET | :ポリエチレンテレフタレート |
CNY | :未延伸ナイロン6 |
ONY | :延伸ナイロン6 |
Selar-PA | :非晶ナイロン |
PVDC | :ポリ塩化ビニリデン |
EVOH-29 | :エチレン組成29mol%エチレン−ビニルアルコール共重合体 |
1) | 20℃, 日本合成化学実測 |
2) | 25℃, Global Packaging News No.28, August, 2 (2004) |
無印) | ガスバリア性・保香性材料の新展開東レリサーチセンター 発行 (1997) |
しかしながら、PETやナイロン、EVOHのように分子中に親水性の官能基があると湿度の増加によって酸素透過係数が低下する原因は現在のところよく分かっていません。
ガスバリア入門講座の基礎編6で気体の透過性と自由体積の関係を話しました。もしかしたら、EVOHの自由体積も湿度によって変化するかも知れませんので、自由体積の湿度依存性を調べてみました。
図8-2はEVOHの酸素透過係数と自由体積の湿度依存性を示したものです。酸素透過度が極小値を示す湿度付近で自由体積も極小値を示すことが分かります。更に、湿度が高くなっていくと酸素透過係数,自由体積共に増加していきます。酸素透過係数が極小値を示す湿度では高分子の種類によらず吸水率が0.5〜3wt%であると報告されています1)。EVOHも極小値を示す吸水率は約2wt%でした。この吸水率は高分子と水との相互作用を理解する上で何か意味がありそうです。
図8-2 エチレン組成29mol%のEVOHの酸素透過係数と自由体積の湿度依存性
自由体積は分子間空隙の大きさですが、この量は分子の運動性を反映するパラメーターとして捉えた方が理解し易いと思います。そうすると、湿度が30%付近で自由体積が極小値を示すのは水分子がEVOHの分子鎖と相互作用する事により、EVOHの分子運動性を抑制します。その結果、自由体積が小さくなり酸素も通り難くなって、酸素透過係数が極小値を示すと考えられます。
図8-3は吸湿による分子運動性の変化の模式図を示したものです。乾燥状態では中程度の分子運動性性を示すのに対し、湿度30%RH付近では水分子とEVOH鎖の相互作用により分子運動性が抑制されます。更に湿度が高くなって吸水率が高くなると、可塑化によって分子運動性が大きくなります。このように、水は吸水率によって高分子鎖の運動性を抑制したり、高めたり非常に複雑な作用をもっていることが理解されます。その結果として、酸素透過係数も湿度によって変化するといえます。尚、酸素透過度と自由体積,分子運動性との関係は学会発表を行っております2-12)。
図8-3 吸水による分子運動性の変化の模式図
ガスバリア入門の基礎編1〜8までで気体透過理論や高分子の分子構造と気体透過性の関係、温度、湿度と気体透過性の関係を説明してまいりました。本シリーズの中で高分子の気体透過性について全てを説明することはできませんでしたが、どのような機構で気体が高分子フィルム中を透過していくのかが理解できたと思います。
以上で、ガスバリア入門の基礎編は終了します。
参考文献
1) Global Packaging News No.28, August, 2 (2004)
2) 第50回高分子討論会予稿集 50, 1783 (2001)
3) 第51回高分子討論会予稿集 51, 1957 (2002)
4) 第51回高分子討論会予稿集 51, 2596 (2002)
5) 第52回高分子討論会予稿集 52, 2176 (2003)
6) 第122回ポバール会資料 (2003)
7) 第50回高分子研究会(神戸)予稿集, Page 66 (2004)
8) Macromolecules, 34, 6153 (2001)
9) J. Radioannalytical and Nuclear Chemistry, 255, 437 (2003)
10) J. Radioannalytical and Nuclear Chemistry, 257, 191 (2003)
11) Radiation Physics and Chemistry, 68, 561-564 (2003)
12) Material Stage, No.8, 21 (2004)
*可塑剤: 剛直な高分子に添加して軟らかくする物質のこと。
**ガラス転移: 液体状態から冷却していったときに過冷却液体を経てガラス状態になる。このガラス状態に変化する現象のことをガラス転移という。